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紫陽花コラム


2002/08/04:【住基ネット】
2002/07/29:【田中前長野県知事不信任案】
2002/07/26:【推理小説と探偵たち】
2002/07/25:【疑惑追求】


(2002/08/04 14:45)
【住基ネット】

明日から住基ネットが本格始動する。

私は個人的には反対している。というのも・・・多くのマスコミが喧伝している内容が実際起こる可能性があるからである。こういうことをいえば「おまえはマスコミの言うことばかりを信じるのか」等と罵声を浴びるかもしれない。しかし、実際様々な人災が行政で起こっていることを考えれば、現段階ではまだ時期尚早だということがいえるのかもしれない。また、すでに多くの費用をかけているのでいまさら・・・などという方もいるようであるが、だからといって中途半端なままで施行してしまえば、被害は甚大となり、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。

ところで、住基ネットの議論を見ていると多くの論点をごっちゃになっている場面を良く見かける。技術面・運用面・法律面等など。情報の漏れ方一つでも技術的な面であるハッカー対策などの議論やモラル的な面の情報漏洩などの議論を混ぜている感がある。また総合的に運用面の議論の中で、では技術的な対策をしてきたのか、等といった議論も技術的な議論と混ぜられることもしばしばある。

こういったことが起こるのも未だ議論が集約できてないからであろう。国や行政側は「議論はし尽くした」「やってみなければわからない」「以前から議論はした」等遠いって入るが、国民にどれだけ説明してきたのであろうか。かつて自動車の仮免を取るときに教官が「自分で出来たと思っても採点官が認めなければ点数にならない。」といっていた。これほど重要なことが、他の法案でも似たようなことはいえるが、国民の間でもあまり興味をもたせず/議論をさせずに可決しようというのは独りよがりな気がしなくもない。こういったやり方は世間では通じないはずなのだが・・・


(2002/07/29 01:40)
【田中前長野県知事不信任案】

田中康夫前長野県知事の失職に伴う知事選は6名の候補者の出現により混迷の度を増してきた。(この6名のうち、羽柴誠三秀吉氏はスポーツ報知のみで意向表明のみ:02/07/29日現在)

田中氏が失職したときに、議会などが「失職するのはおかしい、それは自らの非を認めたことだ」等と田中氏を批判した。私はそこで彼らはそれ以外の可能性を考えようとしなかったのではないかと思ったのだ。つまり、「議会の皆さんはああ仰っていますが、県民の皆さんはどう思われますか」という可能性だ。仮にコレで落ちても県民の意思なので文句は言えまい。しかし、再選すれば、議会のすることにも間違いがあるのだという実証になる。

そして、田中氏が不信任を出された後には「こんなに反応が大きいとは思わなかった」や、それ以後の県議会推薦候補者の不在、「チェックする側の議会が候補者得をたてるべきではない」という言い訳、といったような事などのように県議会側には戦略性が乏しいことをも晒してしまったようだ。

さらに、今選挙はそもそも脱ダムと田中知事の人格の是非という焦点も変わってきたようだ。脱ダムの論争で対抗しても意味が無いと県議会は悟ったのか、表立って目立たなくなってきた。しかし、長谷川氏が立候補すれば支援するらしく、また彼女の背後にも色々な影が見え隠れするのでそういう意味でも仮に長谷川氏が当選しても県議会の都合で動くかもしれないという懸念が起こる

そういう意味では今回の不信任案は世論の形成を作り出す前に議会が暴走してしまったということを表しているのかもしれない。メディアを視野に入れた戦略の欠落。それに田中康夫といういわばメディアの寵児ともいえる人物を甘く見てしまった結果であろうか。田中氏の手腕や功績はともかくとして、コレまでのやり方はもう通用しないということをどれだけ認識し、そして発言・行動していくかが長野県の運命を左右する。時代が逆行してしまったらそれは県民が責任をとらざるを得ない状況になるであろう。そして、そのつけは日本国民が支払わなければならないのかもしれない。


(2002/07/26 18:45)
【推理小説と探偵たち】

昨日テレビで名探偵ポアロ「もの言えぬ証人」を見た。

この作品にはボブというフォックステリア犬が出て来る。この犬は探偵ポアロの推理の手助けをするのであるが、最後には離れ離れにならなくてはならない運命にあり、ボブの可愛さからか別れのシーンがとても切なく感じるのである。因みにこの作品を見て犯人を考えたが(ある程度の裏づけを以って)、期待は裏切られてしまった・・・

私はもともと推理ものが好きで、犯人は誰かと考えながら本を読んだりドラマを見たりしている。特にアガサ・クリスティが好きであるが、その理由は他の探偵者と違い「知識」よりも「行動/言動」を重視している点があるからであろう。とはいえ、そういえるほどの作品を読んでいるわけではないので一概にはそういえないこともわかっているのであるが。しかし、特定の知識がないと解決できないような内容の話は見ていても納得がいかないし面白くもない。

ところで、名探偵ポアロやシャーロックホームズ、アニメの名探偵コナンなどを見ていて思ったことがある。それは主人公は殺人事件に巻き込まれやすいということである。探偵なのだから仕事柄人の死にかかわるということは理解できる。しかし、彼らはプライベートな時でさえ神の悪戯か人の死にかかわっている。普通の人間は人が死ぬという場に居合わせることは少ないだろう。居合わせたとしても親族・友人・知人くらいだろうか。だが、彼ら探偵はかなり多くの場に居合わせているのである。

そういうことから考えると、彼らは人の死に多くかかわるので探偵になるという運命だったのかもしれない。いや、人の死にかかわる運命の持ち主であり、且つ洞察力や知識を持っていたから探偵になったのかもしれない。実は彼らの存在こそが死を招いてるのかもしれない。


(2002/07/25 08:15)
【疑惑追求】

去る24日に田中真紀子元外相の秘書給与流用疑惑の政治倫理審査会が開かれた。

ほとんどテレビを見ていなかったのでどのような模様だったのかは良くは知らないが、なぜか民主党の永田議員のときのみ見ていた。このときの「追求」は少々感情的な一面が見えたとも思う。というのも、かの永田議員は新疑惑が浮上した際の煮え切らない田中元外相の態度に「私は新潟に入って初めの3時間でこの資料を手に入れた、貴方方はコレまでの間にこの」書類を手に入れられないのはどういうことか」のようなことをいっていたが、追求する側とされる側によって情報の入り方が違うのだから其の事を認識しなければならないのではないだろうか。確かにああいった場では「嘘も方便」であろうが、あのような形で相手を非難するのは少々的外れとも思える。

ところで政倫審が終了した後、メディアが皆こぞって「疑惑は解明されなかった」だの「疑惑は深まった」だのと言っていた。しかし、私はあのような場で疑惑が解明されるとは思えないし、むしろ深まるのが普通ではないかとも思う。一つに政治家であるからという理由もあろうが、それ以上に本当に「疑惑を解明」したいのかとも思える程徹底追及できていないし、個人に多くを求めすぎている嫌いがある。永田議員は田中元外相に「聞いたことに答えられないのはおかしい。勉強不足だ。」と言った。確かに勉強不足であろうが、全てを網羅して勉強しておく必要がある必要があるのはわかるが、其れを知らなかったからといって疑惑が深まるかといえばそうではないだろう。そういうことを考えれば鈴木宗男氏や辻元清美氏のときもそうだったが、証人喚問さえも「疑惑追求」する場にはふさわしくないのではないだろうか。むしろ「疑惑を深める場」そして「嘘をつかせる場」なのである。

そういうことを考えれば、証人喚問や政倫審は何も疑惑を解明することを望む事自体がおかしいのであり、実際は自己弁護させ、矛盾点を探す機会であると思う。なのに、「疑惑解明」という旗印の下で行ってしまうと語弊があるような気がしてしまう。そして、そのように信じ込ませようとすることにも疑問を呈する。あれはただの政治家つぶしの場なのである。見る側はそのことを自覚しなければならない。



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